人は辛いことや悲しいことに逢うと、「どうして自分だけに、こんなことが起こるのか」と考えがちです。
とても立ち向かえないような困難や辛さ、悲しみに出会うと、自分の不運に打ちのめされて、どうしたら良いのか途方に暮れてしまいがちです。
私にもそんなことが在りました。
周囲の人は日常に安住して見えるのに、何で自分だけがこんな目に遭ってしまったのか、どうして自分だけにこんな試練が巡ってきてしまったのか、悲運を嘆いていました。
そんな時、ある先輩が言われたのです、「日本の古典文学を読んでごらん、日本人は二千年この方、同じような悩みと辛さを抱え、悩み苦しみながらも何とか出口を見つけ、答えを出して来た。それが判れば楽になるよ」
まさかと思いながら、あやふやになった古文の知識を手繰り寄せ、解説に助けられながら、古典の世界に踏み込んでみました。
先輩の言われたことは正しかったです。
何よりも勇気付けてくれたのは、沢山の歴史上の人たちが、形こそ違え同じ種類の悩みや苦しみを抱え、何とか方向を見つけて、勇気を持って歩き続けた事実です。
歴史上の人物が抱えていた問題と比べれば、私の抱える問題など、余りにも矮小です、でもどこかに通底する、問題に立ち向かう気概を共有できるように感じ、そこから自分だけではないのだと感じたことで、私は大きな勇気を得る事が出来ました。
古典の結末は決してhappy endばかりではありませんが、重い問題を抱えて、全力でそれに立ち向かった勇気と解決に向けて燃えつくす人生の清々しさが、印象的です。
一つの山を越えたと思ったら、次にはもっと高い山が聳えていた。
人生とは、そんなものかも知れません。
でも、多くの先達の経験に導かれて、先達に出来たことが自分に出来ぬはずがないと、頑張っていくことにも人生の醍醐味があるのでしょう。
何時までもあると思うな親と金、何時までもないと思うな運と災難。
これも、先達の知恵ですね!
