短脚で胴長のコーギーに出会ったのは、シカゴのアパートのエレベーターでした、太った小父さんが、「They are father and son !(こいつらは親子なんだ)」と説明してくれました。そのひょうきんな姿に一目惚れ、日本に帰ったら必ず飼おうと心に決めました。
埼玉県のブリーダーに迎えに行ったら、大きくて活発な3色(黒・白・ベージュ)の子犬と、少しチビで2色(白・ベージュ)の子犬がじゃれており、気の弱そうなチビに決めて、名前は勉強が嫌いな怠慢医師-怠慢のため、シカゴで就職できずテキサスの田舎に行きました-の名前をもらいサムとしました、彼は本当に優しく好い奴だったからです。
コーギーのチビほど可愛い生き物は居ないように思います。
何をするのも愛らしく、悪戯ばかりされても、本気で怒ることが出来ません。
まだTVコマーシャルで有名になる前で、散歩をしていたら、ずーっと付けてきた人が、「この犬の種類を教えてください、飼います!」
ビデオ撮影の横を通ったら、助監督に懇願されて特別出演したり、タレント犬にスカウトされたことも何回かありました。
不思議なことに、飼い主と飼い犬は顔が似てくるようで、「お前の犬は、お前にそっくりだ!」と何度も外人に言われものです。
同じコーギーを飼っている方とお友達になったり、彼のおかげで世界が更に広くなりました。
新幹線に乗り、飛行機に乗り、クルーザーで瀬戸内海の島に行き、自由に走り回り、海水浴をし、犬も泊まれるホテルで避暑をしたり。
ドッグフード以外に飼い主の食事を分けてもらうことを当然の権利としていましたが、おなかが弱くけっして太りませんでした。
12歳の誕生日を過ぎたころから、ご飯を残すようになり、さまざまな種類のおかずを乗せても、おかずばかり食べるようになりました。
急性膵炎ということで入院させた動物病院で、薬の過剰投与を受けて死にそうになりました。
「もう駄目でしょうから、お連れになりますか?」と言われて涙ながらに連れ帰りましたが、鳥のササミを眼も開かないのに、1本食べきりました。
よし、必ず治してやる!と全力で治療にあたりました。
当時のお手伝いさんが、「人間だって、こんなに良くしてもらえませんよ!」と感想を漏らすほどで、それから4ヶ月間生き延びて、散歩にも行けるようになり、検査結果は全て正常に戻りましたが、最後は老衰で、13歳になるほんの少し前に亡くなりました。
亡くなる日の朝、1日に2回の流動食を飲ませようとしたら、「もういいです、有難うございました」と目で訴えかけ、その日の午後2時45分、眠るように亡くなりました。
今は深大寺動物霊園に眠っています、何度も唱えたせいか、般若心経を覚えてしまいました。
彼が逝ってしまって、文字通り腑抜けになりました、どちらを向いても彼の思い出ばかり、涙とため息で過ごしていましたが、49日を過ぎて後継ぎを飼うことに決めました。
大震災の少し前に、今度は少し大柄な2色コーギーを福島県のブリーダーさんから、連れ帰りました。
大きいくせに気が弱く、あろうことか雌犬が来ると逃げ出してしまいます。
名前はトム、彼と歩いているとサムが彼の中にいるような気がします。
はいはい、そろそろ夕食と散歩の時間だね、近くの公園までお出かけです。
